本編

最終話2

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「...ルダ」

 声が聞こえる。なんだか何十年も聞いていないような懐かしさを感じるも、変わらずに傍にあったような、どちらとも取れない奇妙な感覚を覚える声。

「ヒルダ...」

 声は自分の名前を呼び続けていた。それに、どうやらさっきから起こそうと体を揺さぶっているらしい。ふかふかの布団の布がさっきからさわさわと肌を刺激していたのはそれが原因であったようだ。

鬱陶しい

 しかし当の名前を呼ばれているほうはというと、彼の呼びかけを無視して居眠りを決め込もうとした。というのも理由は分からないが身体が妙に重く、謎の疲労感に包まれていて休息を欲していたからである。例えるならば、ミネラルウォーターも無く何日もカーマイン砂漠をさ迷ったとか、ブーストユニットも無しにクエストで国境を越えたつかいっ走りをさせられたとか...

「おい、起きろよ。起きろってぇ~」

 ともかくとても疲れていた。だというのに、いくら無視を決め込んでも彼は諦めようともしない。

「あー、はいはい。そーですか。そこまでして寝てたいわけだ...いいよ」

 と、思ったが声の主はようやく諦めたのか彼女を揺するのをやめる。それを薄目で確認すると、ヒルダはここぞとばかりに布団を深くかぶって見せる。お願いだから黙って寝かせてくれ。あからさまな行動で駄目押しもしたし、これでもう本当に諦めてくれるだろう。

「じゃあ何をされても文句は言えないよなぁ~」

しかし、そう思った瞬間

彼女の着ている服と下着の間に突然手が入ってきたのである。

「ヒャウッ...ちょ...やめ...アウッ」
「ほーれほれほれ、これでも起きないのか。ん?」

しかも、その手つきがやたらといやらしい。

「やめ、やめろこの色ボケぇええええええ!」
「ぐぇええええええ!」

 さすがにこれには無視を決め込むわけにはいかなくなって、ヒルダは即座にマシナフォームに可変しその無礼者を音速を超える突きで思いっきり吹っ飛ばす。
 天井からパラパラと破片が落ちて来る。肩で息をしながら、その方向に眼をやると天上に頭を突っ込んでぶら下がっている何者かがいる。
 もう嫌というほど見慣れた皮ジャケットにワンダーパンツ。この庭の住人で先ほどのようなことをするやつといったら一人しかいないわけで...

「ンンンンン...と、取れない。タスケテェ...」
「一生そうしてろ!」
「そんなご無体なっ、お願いしますよ神様仏様エミルドラゴン様ヒルダ様ぁ」

 天井の中から何とも情けない声をさせながら、その男は手足をじたばたさせ訴えている。いい加減鬱陶しいのでヒルダはその足をがっちりと掴むと力任せに引っ張って天井から引っこ抜くと、大量の破片と共に一人の男が布団の上に叩き落される。

「グエッ!...イテテテ、お前ね。いくら俺が転生しててすこし丈夫だからってそれはいくら何でも思いやりがないんじゃないんですかね」

ロディ・ガロン

 この庭の主であり、先ほどのような問題行動ばかりしでかしてはいつもドミニオンの少年とヒルダに制裁を受けているエミル族の男。

「うっせぇ、じゃあお前のさっきのは思いやりがあったのかよっ」
「え?いやぁ結構優しくいたわるようにしたはずなんだけど...それとももっと激しくしたほうがよかっtゴフッ」

 懲りずにいやらしい手つきをする彼の頭に、容赦なく一撃を加える。派手な打撃音と共に、ロディが目を回す。彼の頭上で星が回っているのが見える気がした。

「...お前、なんなんだよ。本当にいつもいつもっ」

 このやり取りだが、ずいぶん前から恒例化していて久しい。今回は被害が出たのは天上だがいつもは大体壁である。
 この場にドミニオンの少年がいればロディに即座に概算した壁の修繕費の請求書を突き付け、タイタニアの少女は’まーたイチャイチャしてるーいいなー♪’などとニヤニヤとこちらを見ていることになるのだが今回はどういうわけかその二人の姿は見当たらない。

「そういやぁ、あいつらはどうしたんだ?」
「ああ、忘れてた。そうそう、お前を起こそうとしてたのはな...」
「ちょっと、ロディさん何ですかさっきの音!」
「おーなんだなんだー。ファリアスさんこれは事件ですよっ」

 噂をすればなんとやらというやつで、慌てた様子で家の中に入ってくるドミニオンの少年とその後ろを野次馬根性丸出しで面白そうと言わんばかりな笑顔で入ってくるタイタニアの少女の姿を認める。

少年の名はロード・パラベラム、少女の方はファリアス・ソプラノ

 少年は何やら片手にトングを持ち、その深い藍色の髪をほっかむりで隠している。彼はこれでも銃の使い手で、自分たちの住人の中でもそれなりの戦闘経験を持つ戦士であるが、ポロシャツにワーカーブーツ、そのラフないで立ちに加えてトングにほっかむりである。とてもそんな風には見えない。
 少女はというとこれも見慣れた服装で、音符をあしらったカチューシャにピアス。鍵盤の柄と譜面の柄のジャケットにブーツ、そしてすこし短くも感じるスカート。彼女の音楽好きを表す面白い姿。それを纏う少女自身は、いつも飛んだり跳ねたりイタズラしたり、この庭で騒動という音楽をいつも奏でている張本人。
 二人はさっきまでロディがはまっていた天井の大穴を見つけると、それぞれが違った反応を見せる。

「って、うわぁあああ。もう、あなたって言う人はいつも...今回は壁じゃなくて天井ですか。いくらかなぁ...んー、石膏ボードに梁の木材にえーと」
「と、言うわけで今回のいちゃいちゃでまたしてもこのような被害が出てしまったわけですが、一体今回はどのようないちゃいちゃがあったのでしょうか容疑者に突撃インタビューをしてみましょう」

 手慣れた手つきで修繕費の計算を始めるロードと、マイクを持っているような形を手でつくりそれをヒルダの口元に持ってくるファリアス。
 ロディはロードから手渡された請求書を見て愕然としているし、ファリアスはヒルダから事の顛末を聞き出そうと躍起になっている。

「だいたい今月に入って一体何回目ですかつい先日もやらかしたばっかりでしたよね見てくださいよこの修繕の跡の数こんなに穴ぼこだらけにされたらそのうち家自体がダメになっちゃいますよその時は全額ロディさんに負担してもらいますよいいですねっ」
「ねーねー何されたのーおしりーそれともおっぱいでもさわられたのかなーそれにしてもいつまでたっても二人とも初々しいよねーうらやましーわたしも彼氏ほしーなーそういえばこの前の二人っきりのときどうだったのおしえてよねぇねぇー」

 ...方や床に座らされひたすら説教をくらい、方や返答に困るような事ばかり聞かれる両人。これもまぁ、ある意味恒例化している感じはあるな。と、ヒルダは今までの生活を思い返していた。
 しかしいつまでもこのままの状態なのは精神的にもつらいところで、どうにかして話を逸らして、この場はうやむやにしたい。いつしか二人は同じことを考えるようになっていた。

「「まぁまぁ、それはそうとだな」」

 喋り出すタイミングまでまったく同じであったことには、当人たちも驚いたが...

「あたしに用があったんじゃないのか」
「そうそう、ヒルダを起こそうとしたのはだな」
「バーベキューの準備ができたからです。あとはお二人がくればすぐにでも...というか、もともとロディさんがやりたいってダダコネてたんじゃないですか。それを準備を僕らにだけさせてこんな」

再び説教が始まりそうになったときだった。

「ロードさーんっ、もぉー早く戻ってください。お二人が焼いた先からすぐ食べちゃうんですよぉー」

 家の中に入り込んでくる影が複数。バサバサと羽ばたく音、ふよふよと宙に舞う美しい女性、農業用の作業服姿の女の子。
 一匹はロック鳥、一人は自身を物語の化身と言うロアとよばれる存在、極めつけには東の地ファーイーストに生息しているモーモーが人間の姿になった者。統一感の無いなんとも不思議な組み合わせである。
 ロック鳥はそのくちばしに肉をはさみ、ロアという女性はお皿とお箸片手にふわふわ浮いている。その口には、思いっきりソースらしきものが付いていた。アルマの女の子は、片手のボウルにこれでもかというほど野菜を山盛りにしている。
 どうやら家の中の喧騒を不審に思ってか、彼らもまた様子を見に来たという事らしい。

「そうですよー。ムグムグ早くしないとこのほし恵とかる美ちゃんとムグムグレイシスさんでぜーんぶ食べちゃいますよー。ングッ...うーん今日の思い出星はバーベキュー味」
クゥ...モグモグガツガツ...ングッ(つーか想い出星って味あるのか)
「えっ、もう始めちゃったの!?今行くよかる美ちゃんっ...もう天井のことは後でいいので、お二人とも早く来てくださいね」
「わーいっ、おにくおにくーっ」
「さぁー再開ですよ再会ですよー♪」
「わわっ、もぉーまってくださいよぉ」
「あ、ちょっとファリアスさん待って...まだですって全員そろってからって言ってるじゃないですかーっ」

 また庭の外へ向かった仲間たちを、ロードとファリアスが追いかけていく。情けない声で訴えるアルマの少女であったが、ロアもロック鳥も遠慮するようには思えなかった。むしろ、そこにいまファリアスが加わったことで消費スピードはさらに加速するとみえる。

「えーととりあえずちょうどよく焼けた第一陣はお皿にとっといて新しく焼くのは皆さんがそろってから...って、ファリアスさんとった先から食べないでくださいってば」
「だってこういうのって焼きたてを食べるのが良いんじゃん。ねー、かる美ちゃん♪」
「えっと、お二人の分は残し...あっそうだっファリアスさん。これ、家庭菜園でとれたレタスです。これでくるんで食べたらもぉーっとおいしいかもしれないですよっ」
「お、それは名案だ。早速試そう...んーおいしー♪」
「はいレイシスさんもあーん♪」
シャクシャクモグモグ...クワァ(うーん、こいつは癖になりそうだ)
「あはは...だーれもロディさんたちを待つ気ないですねー...と、いいつつ私も食べますけど。モグモグ、んー、おいしいです。実体化してよかったー。想い出星バーベキュー味サイコーっイエーイ!」
「ああ、もう誰も待とうとしない...ロディさんヒルダさん、何やってんですか早く来ないと本当になくなっちゃいますよっ!」

 家の出口から聞こえてくるロードの声には、逼迫したものがはっきりと感じられる。ということはそれだけのスピードで片っ端から食われているということだろう。特に、その辺全く配慮も気遣いもしそうもないタイタニアの少女が手当たり次第に口に入れ、美味しそうに頬張っているのが容易に想像できる。

「あいつら...おい、こうしちゃいられねぇ。さっさと行かないと」

 このままではすべて食い尽くされてしまう。そう思ったヒルダは家の出口へ向かおうとするが、ふいに何かが自分の手を掴んだ。

「待ってくれ」

 何事かと振り返ると、そこには普段あまり見せることのない表情をした彼がいた。いつもにやけているのか閉じているのかわかりづらい狐眼は今は伏せられて、代わりに何か重苦しいものが顔を覗かせている。

「お前に、聞きたい事があるんだ。...そんなに時間はとらせないからさ」
「...うん」

 そんな様子だから振り払おうにも振り払えず、ヒルダは彼に向き直り、話しやすいようにと黙った。その間も、外からは不釣り合いなどんちゃん騒ぎが壁を伝って漏れ聞こえている。ソレらとはまったく相反するこの場の空気。ヒルダにはまるで、ここだけが外の世界と切り離されてしまったようにさえ感じるのだった。

...彼が暗い顔のまま数十秒が過ぎた頃だろうか

「お前はさ、俺と居て、幸せだったか?...たまに思うんだ。俺みたいなどうしようもない男じゃなくて、他の誰かに助けてもらってたら、お前は今よりもっと幸せに暮らせたんじゃないかって。あの初めての日からずいぶん経つのに、俺はこんなだからよ...どうにも気恥ずかしくて意識しちまって、なかなかそれらしいこともしてやれなかったしな。...お前だけじゃない。ロードもファリアスも、あいつらも、俺なんかと居るより」

 ロディの口が重そうに開いて言葉を紡ぐ。思えば彼は彼女が危機に瀕した時、別段何かが出来た訳ではなかった。彼女の傷を治してくれたのはなんでも博士だし、記憶が消去されかかったときも元はと言えば自分の自己防衛機構が活性化し干渉を拒絶できたからだ。だからだろうか。あのとき何も出来なかった自分を、彼は未だに許せないでいるようである。
 さらには、自身が他の仲間の問題にも直接関わり解決できたことなど数えるほどもないということもあって、そういうことを考えてしまうのだろう。自分以外の誰か...もっと聡明であったり、もっと強い誰かだったら、彼らを真の意味で救えたのではないか。そういった自責とか後悔とか言ったものが、たまに彼の気持ちを沈ませる事があるということのようだ。

だから、いつものようにヒルダは言ってやった。

「・・・バーカ」
「え?」
「ばっかじゃねぇーの。あたしも、ロードもファリアスもあいつらも、嫌々だれかと付き合うようなやつらだと思ってんのかよ。そんなに自分が無いやつらだと思ってたのか?」

 彼らの顔を見ればわかる。ここがどれぐらい居心地がいいのか。私も、他の皆も、べつにロディに何かをして欲しいから一緒に居るわけではない。むしろ今まで暮らしてみて分かったのだが、彼らはあれで案外、芯がしっかりとしている。自分にとっての最良を考えて他に良い居場所を見出したのなら、とっくの昔にここには居ないだろう。
 それでもこうして、この庭で未だにこの騒がしい日々が続いているということは、彼らがここをそれ以上の場所として捉えている一つの指標になり得るのではと、ヒルダは考えている。

「べつにそういう意味じゃねぇよ...ただ」

 ただ、彼女がそう想い励ましも今の彼にはあまり効果がない。一度こうなってしまうとなかなか頑固でしつこいのも、この男の特徴の一つでもあった。ヒルダは溜息をついてすこし頭を掻くと、こうなったときの最終手段を使うことにする。

「あたしも、あいつらも、確かに幸せなんだよ。...じゃなかったら、誰がお前みたいな馬鹿でスケベな奴と一緒になんて暮らすかよっ」

 最後の言葉の後、彼女は無理やりに顔を近づけると、その頬に軽く唇を押し当てる。

「これで少しは元気出たでしょ。ほら、行くよ。あいつらが待ってる...ま、まぁ...これの続きはまた今度にでも...ね」
「エッ...ああ、そ...そうだなっ」

 今更ながらに自分の言ったことのその意味を考えて、彼女の顔が赤くなっていく。ただ今のところ、お互いが本当に素直になれる時間があるとすれば二人っきりになったときの’そういう時間’以外思いつかないというのも事実ではあったのだが...
 そのことを考えてしまったからか、お互いに顔がどんどん赤くなって熱を帯び出した。外で行われているバーベキューのコンロと、今の自分たちの顔の温度とどちらが熱いだろう。ヒルダはそんな訳の分からないことを考えている自分がいることに気付いた。

「あっ、また・・・ちょっとロディさんヒルダさん。早く来てくださいって、本当に無くなっちゃいますよっ」

 そんな彼女を現実に引き戻す、あのドミニオンの少年の声。そうだ。今はこんなところでうだうだしていられない。早く行かなくては。あの騒がしく、面倒で、厄介で...どうしようもなく面白い彼らの元へ

「おいこら、あたしの肉、ちゃんと残ってんだろうな!」
「ウッヒョヒョーイ、ファリアスっお前のその胸の肉を俺に食わせろぉーっ」

この人と、一緒に...

 二人は肩を並べて、出口に向かって走り出した。外から漏れる日の光は、まるで二人を迎え入れるかのように、まっすぐに家の中へ伸びている。








「ナン...ダ...よ、モう...ほとんド...のコってね...で...やんの」

 そこで、彼女の意識は完全に失わた。通り雨の後の空は綺麗に晴れ渡って、雲間から一筋の光を、彼女に向けて降り注ぐ。

翌朝、郊外の墓所で機能停止した1体のDEMが発見された。その顔は、とても満ち足りたものであったという。





「...やっと戦後処理も終わって、ゆっくりできるようになったんです...ごめんなさい。もっと、無理をしてでも、仕事を放り投げてでも会いに来るべきでした...ヒルダさん」
「...仕方ないよ。ロードが必死で頑張ってたのあたし知ってるもん。一番傍で、ずっと見ていたから...きっと、皆もロードのことよく頑張ったねって、すごいねって褒めてくれるよ」
「ファリアス...でも、僕にもっと力があったら、そしたら戦いも早く終わって...そしたら、皆の所に戻ってまたあの日々を続けることだってできたはずなのに...それなのに...」
「パパ、ママ。どうしたの?泣いてるの?」
「...父さん、母さん」
「ごめん。二人とも、急に泣き出したりして...みっともないよね」
「このお墓は、二人にとってとても大切な人たちが眠ってるんだね。見てるとわかるよ」

「うん...そうなんだ。このお墓にはね、僕たちの大切な友達が眠ってるんだよ」
「...そうだ、あなた。帰ったらこの子たちにあの時の話をしましょうよ。アップルパイでも食べながら...なんだか、今はそんな気分」
「はは、あの人たち、君が料理上手になったって知ったら、きっと驚くだろうなぁ」
「むかしばなしむかしばなしー!ママのアップルパイっ♪」
「僕も聞いてみたいな。二人の話」

「そうだね。帰ったらするよ。あの人たちの話を...いい年こいて騒がしくて、面倒で、厄介で...とても暖かい、あの人たちの話を」

 ドミニオンの男性とタイタニアの女性が、子供を連れて墓所を出る。墓には花が供えられていた。
 彼らの後ろ姿を、墓は何も言わずに見送った。ふと、強い風が吹き抜ける。花弁が舞い上がり、空に吸い込まれるように飛んでいく。

どこまでも、どこまでも...
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