本編

最終話1

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 苔むした石畳の道を、ふらふらとした足取りで進んでいく者がいる。色褪せ、時間の経過によって色も変わってしまった皮ジャンとレザーパンツ。あちこち直した跡も見て取れるそれは、年代物と言うよりもボロ布という表現が似合うような有様だ。

「はぁ...はぁ...」

 少し歩いては止まり、また歩いては止まりということを、さっきから繰り返している。立ち止まるたびに吐き出される吐息には、苦しみが入り混じっていた。
 彼女(HLD-10010.ヒルダ)がダウンタウンの地下研究所で活動限界の宣告、人間でいうなら余命宣告をされたのは今から数か月前のことだった。地下研究所では、長きにわたる実験体(人間に与する、ココロを得たDEMたち)の研究と機械文明の解析が進んだことで、彼.彼女たちの記憶の保存や、新しい素体の製造も可能となっていた。当然、研究所の現所長は延命をすすめたが、ヒルダはその提案を拒否。記憶の保存も断った。
 日を追うごとに動かなくなっていく体と、フリーズを頻繁に起こすようになっていく思考の中。彼女が望んだことがある。

「はは、もう少しだからさ。そう、急かすなよ...」

それは、最愛の人の傍で最後を迎える事であった。

 郊外の墓所に続く道は、そうそう長い距離があるわけではない。しかし、機能停止寸前のボロボロの身体の彼女にとっては、遥かに遠く感じられる距離だ。また、立ち止まり苦しそうに息を吐く。

「ハァ...ハァ...くそっ、忌々しい。しっかりしろよ」

 だんだんと、呼吸の感覚が狭まっている。関節部の機構が自重に耐えられず、悲鳴に近い音を出し始める。それでも、歩みを止めたくはない。最後は、どうしてもあの人の傍で逝きたい。その想いだけが彼女を支え、自由の利かない体を突き動かている。
 ふと空は暗くなり、道の苔の緑が暗く色づく。しばらくして雷鳴が轟き、通り雨が降って辺りを濡らしていく。墓参りから帰る人たちは雨にぬれまいと家路を急いで街へと駆け戻っていくばかりで、苦しそうに歩く彼女のことなど気にかけようとはしない。
 雨の中、ただひたすらに孤独な行軍は続く。雨水に滑りやすくなった道をものともせず、立ち止まりながら、しかし確実に目的の場所へ向けて彼女は歩みを進めていく。
 なんとか墓所に辿りつき、入口の門を開けると、真ん中の太い道の両脇に規則正しく並ぶ墓石たちが彼女を迎える。その中の一つの墓を認めると、ヒルダの口元が不意に緩む。先ほどよりも少ししっかりとした足取りになり、その墓石の元へと近づいていく。
 あの日、あの人が遠い場所へ旅立ってから何度も足を運んだ道。長かったような、短かったような何とも言えない空白の時。それも今、終わりを迎えようとしている。

「よう、久しぶりだな。ロディ」

 ある墓石に彼女の影がかかる。彼女は愛おしそうに、その名を口にした。そんなに大きくもなく簡素な墓石には’ロディ.ガロン’と、名が刻まれている。その両脇には、かつて共に冒険者とし活動したものたちの名前も刻まれていた。

’かる美’’ほし恵’

 自身の寿命が尽きるまで、傍に居てくれたアルマモンスター。晩年、老いたロディの消耗を減らすため、心象風景にもどり自らを封印して去っていったステラ.ロア。

「元気にしてたかい。あたしやロードがいないからって、向こうで好き勝手やってたら承知しないからなっ...キャッ」

 墓石に話している最中に、突如転んで道に突っ伏す。関節がついに耐えられなくなったのだ。ヒルダはもう一度立ち上がろうと脚に力を入れるも既に感覚は無く、いくら動かそうとしたところで鈍い軋みしか聞こえてはこない。
 ここに彼が居たのなら、すこし茶化した後に手を差し伸べてくれるのかもしれない。でも、そうしてくれるであろう彼も、彼らももう居ない。不意に、瞳から涙が出て頬を伝う。今まで自分を偽り、抑えつけていた想いが溢れて顔を汚していく。

「な、なんだよ。笑うんじゃねーや...待ってろよ。そのにやけ面ぶっ飛ばしてやっから」

 本当はこのままここで全てを投げ出し、好きなだけ泣いて死んでしまいたかった。それでも残された力を振り絞り、ヒルダはロディの墓石の傍へ寄ろうと這いずっていく。着ているボロに近い衣服が水を吸い、重い。進めば進むほど、泥と苔の入り混じったものが身体にまとわりついて気持ちが悪い。
 でも、ここで諦めてしまったら自分は本当の意味で一人になってしまうのではないか...それだけはどうしても避けたかった。

「ハァ...ハァ...どうだよ。この、やろう」

 なんとか墓石の隣までたどり着いた彼女は、彼にセクハラを受けたあとにしていたようにどつくふりをして、石を軽く叩いてみる。当然だが、水にぬれた石の感覚が伝わってくるだけで、彼の体温なぞ感じるはずがない。そんなことは分かっていても...どこか期待していた自分がいたことが腹立たしく、虚しい。

「何が、ずっと一緒だーっ...だよ。先にくたばってりゃ世話ねーっての。...ねぇ、覚えてる?あの時の事...あんたさ。本当にどっからかもってきた台本みたいなこと言い出すんだもん。...俺と、俺たちと一緒に暮らさないか...だってさ。あれから、ちょっとごたごたあった後、あんたたちの仲間になって...いろんなことがあったよね」

 石にもたれかかり、雨が止んで雲が晴れ始めている空をぼんやりと見上げながら、彼女は当時の思い出を語る。
 生真面目で誰よりも頑張り屋で、そのために損な役回りが多いドミニオンの少年のこと。いつも下らぬイタズラに興じ、一騒動起こす歌のうまいタイタニアの少女こと。アルマモンスターやロア、ロック鳥色んな仲間がやってきたときのこと。彼らと暮らし、冒険者として生きた日々。

「楽しかった...ずっと、続くと思っていた。根拠も無く、ただ、あんたが言ってくれたように、ずっと一緒にいられるんだと...あのときは思ってた。馬鹿だよね。あたし」

 楽しそうに語っていたその途中、不意に時が止まったように動かなくなる。話している最中の口の開き具合のまま、数十秒ほどたって意識を取り戻したとき、ヒルダは自分が見上げていた青空にザラザラと砂粒のようなノイズが散らかっているのを認めた。...どうやら全ての思い出話をさせてくれるほど、時間は残っていないらしい。

「こんなときじゃなきゃ、素直になれないなんておかしいよね...ねぇ、ロディ。好き。大好き」

 終わりを感じたとき、ふと口から出てきたのは何の変哲もない告白だった。まだまだ元気で、こんな日が来ることも考えた事など無かったあの頃、たとえ彼と二人きりでいるときであってもなかなか恥ずかしくて言えなかったこと。それでもたまに言うと、彼はとても照れくさそうにして、そしてそれを誤魔化すために私を抱きしめる。...出来る事なら、あの熱いくらいの体温をもう一度感じたい。しかし今感じることが出来るのは、ただの石の冷たさだけ。
 不意に一気に視界が暗くなって、彼女のすべてを奪い始める。ノイズはもう視界の半分以上を覆い隠してしまって、空の色も良く分からない。思考もまるで働かなくなり始めている。続いて頭の先から、ゆっくりと血が抜けていくような感覚を覚えた。
 そのうちもたれかかっていることも出来なくなって、彼女の体は力なく地面に落ちる。激しく上半身を打ち付けたが、もはやその痛みすらも感じない。身体が、その維持を放棄しようとしている。
 ああ、これでやっと自分も彼の元へ行ける。そう思うのと同時に、ヒルダには、叶うならばと願わずにはいられない事があった。

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「...あたし、一緒にいたい。ロードやファリアス。かる美にほし恵にレイシスに、みんなと、あんたと、いつまでも一緒にいたいよ」

 ろくに動きもしない口から漏れ出た最後の願い。とてもシンプルな彼女の本心は、墓所に吹く風に流されて霧散する。そこで彼女の思考は途切れ、全てが闇に飲まれていく...




つづく
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